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映画鑑賞「私は貝になりたい」

 先日23日、札幌にて「私は貝になりたい」の映画を観ました。私の町には映画館がなくなっているので、映画を観る機会は札幌に行った時ぐらいでしょうか。映画はDVDという人も増えていますが、私は映画はやはり映画館で観るほうです。

 ストーリーは日本の戦時下で田舎街で床屋を営んでいた若い夫婦に軍への召集令状が届き、兵役では訓練で上官から殴られ、米軍の空襲で、落下傘で下りた米兵の捕虜を上官の命令で銃剣で殺すことになった主人公が、気が弱く殺すことさえできなかったことが事実であるが、終戦となり再び田舎に戻って床屋をやっていたが、戦犯として強制連行され、米兵を殺す実行役をやったとして裁判では有罪、絞首刑の判決を一方的に受けることなり、無罪に向けた嘆願書の署名集めに妻が献身的に歩き、理不尽にもその思いはかなわなく、絞首刑が実行されてしまう。戦争がなければ、家族幸せに暮らせたものを、生まれ変われるものなら、人間ではなく海の底にいる貝になりたいと遺書が切々と語られエンディングとなり終わる。スマップの中居正弘が主演となり、妻役が仲間由紀恵なので、彼らと同年代の若い世代に関心ある映画となっている。

 映像は血まみれになったり目を背けるような戦争の悲惨さを見せるものはなかったが、戦争により強制的に軍隊に服役させられ、不満があったとしても一般市民は何も言うことができないという理不尽さが伝わってきた。戦争により市民の食生活は、毎日がすいとんで、食べざかり子供がごはんを欲しがるシーンでは、「欲しがりません勝つまでは」と教えなければならない親の辛さが出ていた。戦犯として扱われ、裁判で米兵に無実を訴えるが、上官の命令は天皇陛下の命令と教えられた中で、二等兵が上官の命令に逆らうことなどできなかったと訴えても通じず、いかに上官=天皇陛下の命令が絶対的だったかが演じられていた。嘆願書も無実の訴えも退けられ絞首刑が実行される。理不尽さそのものが戦争の本質であると感じとれる。

 1958年にテレビドラマで最初に放映されているそうだが。その時の主演がフランキー堺さん。反戦映画として、若い世代に多く観てもらいたいものだが、まずは憲法第9条を守る社民党にかかわる人は観るべき映画だと思う。

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